旅行業界からの転身が導いた、人材サービスと地域課題解決への道
ーーまずは所属部署と、ご自身の役割について教えてください。
私が所属しているのは、BPO第二統括部の第三公共サービス部、西日本ビジネスセンター課です。元々は、旅行業界に約9年間身を置いていましたが、当時の上司が人材サービス業界に転職した縁で、人材派遣とBPOの世界に飛び込みました。その後、人材コンサル会社で人材紹介や採用支援・就活支援、地域活性企画などにも携わった後、パーソルグループに参画し、人材業界には20年以上関わっています。所属部署は主に公共機関からの受託業務をオペレーションする部署ですが、神戸市で運営している地域活性の場を併せもつジョブシェアセンターの運営を担当しています。これまでのキャリアで、数多くの人々や地域との出会いがあったことが、現在の雇用創出や地域課題の解決に取り組む活動の推進力になっています。
人口減少と人材流出、神戸市が直面した二重の社会課題
ーー今は社会課題に取り組まれていますが、具体的にはどのような問題がありますか?
労働人口の減少による地域の衰退です。労働人口減少は、少子高齢化によって避けられない現実といえますが、その影響は単に「はたらく人が減る」ということにとどまらず、地域経済の縮小、商店街の衰退、学校の統廃合、行政サービスの維持困難化など、さまざまな分野に連鎖的な影響を及ぼします。
一方で、現場では「短時間ならはたらける」「在宅勤務ならできる」「子どもが学校に行っている間だけなら可能」といった声も多く、従来の労働市場の枠組みでは吸収できない層が確実に存在するのです。そのため、そうした事情を抱える人たちと、地域のニーズのギャップを埋めることが重要になっています。
ーーそのような思いを、現場で最も強く感じられたのはどのような場面でしたか?
閉園した幼稚園を、地域の就労場所として活用するジョブシェアセンターを立上げたときでした。想像をはるかに上回る人数が集まり、「はたらきたいのにはたらけない人」がこんなにも地域に眠っていたのかと衝撃を受けました。この経験を通じて「はたらける環境をどう整えるか」が社会的に極めて大切であることを痛感しました。
ーーこの課題解決のために、企業に求められることは何でしょうか?
第一に、柔軟なはたらき方を制度化することです。労働人口が減っていく社会では、従来の「フルタイム前提」や「即戦力前提」の採用や雇用管理では限界があり、「短時間でも参加できる枠組み」と「未経験者を育てていく仕組み」を作ることで、新しい労働力が開拓できると考えています。
第二に、地域に根ざすことです。地方や住宅地でこそ雇用の創出が求められているので、そこに拠点を設け、地域の人と一緒にはたらくことで、雇用だけでなく地域コミュニティ全体の活性化にも寄与できます。2020年のコロナ禍のときには、全国で給付金や助成金の業務が一斉に発生し、私たちに大量の受託依頼が来て「はたらきたい」という人が一気に集まりました。社会全体が停滞していた時期に、逆に雇用の場を生み出すことができたこの経験は、私にとって大きな学びでした。「人ははたらきたいと思っている。ただ、はたらける場や仕組みがないだけ」――この実感は、今の仕事の原点になっています。
雇用環境をデザインし運営するジョブシェアセンターの挑戦
ーージョブシェアセンターと従来の職業安定所との違いはどこにありますか?
ジョブシェアセンターは、求人と求職のマッチングを行うハローワークなどとは異なり、業務そのものを企業から受託し、私たちが直接雇用したスタッフとともに運営します。業務フローの設計、教育、指揮管理まで一貫して担っている点が大きな違いです。
ーー神戸市で特に顕在化している課題は何でしょうか?
一つは、職種のミスマッチです。介護や物流、サービス業など人材不足が深刻な業界と、実際にはたらきたい人々のスキルや希望条件が噛み合わず、賃金レンジや就労時間帯が合わないことも少なくありません。加えて神戸市は、全国でも有数規模の大学生が在住しているにもかかわらず、卒業すると市外に就職してしまう傾向が見られ、人口減少を加速させる要因の一つとなっています 。
ーージョブシェアセンター立ち上げの際に最も苦労した点は何でしたか?
仕事を提供する民間企業からの信頼を得ることです。ジョブシェアセンターの理念に共感いただけても、すぐにご依頼いただけるとは限りません。自らのオペレーション品質や成果を実績として積み上げた結果、ようやく実際に動いていただけるようになりました。
「ここならはたらける」、地域に新しい価値を生み出す拠点づくり
「ここならはたらける」、地域に新しい価値を生み出す拠点づくり
ーー神戸市との具体的な取り組みについて教えてください。
まず、閉園した住宅地内の幼稚園を就労拠点として再生し、「地域の新しい拠点」として位置づけてオフィスを整備しました。特に意識したのは「未経験者でも安心してはたらけること」です。具体的には、業務を小さな単位に分け、習熟度に応じてステップアップできる仕組みを導入しました。また、オンラインとオフラインの研修により、仕事の理解が深まる工夫も行なっています。さらに、介護や育児で制約があっても参加しやすいように、シフトは「週数日・短時間から可能」としました。すると「はたらけない」と思っていた人が「ここならはたらける」と一歩を踏み出してくれるようになり、約800名もの雇用を作り出すことができたのです。
ーー市や市民からの反応はいかがでしたか。
神戸市からは「閉園施設を活用して新しい価値を創出できた」と高く評価いただき、地域課題の解決モデルとして注目していただいています。市民からは「生活が充実した」「社会とのつながりが持てた」という声が多く寄せられました。特に印象的だったのは、長年専業主婦だった方が「ここではたらいたことで自分の可能性を取り戻せた」と語ってくれたことです。
私は普段から「人を活かすこと」と「地域に根差すこと」の両立を心がけ、短時間でも未経験でも、その人が持つ力をどう活かすかを考え続けています。同時に、その人が暮らす地域にどんな価値を還元できるかということも大切にしてきた成果が出ていると感じました。
経済・社会・心理面の3つの効果で、地域に誇りと活力を取り戻す
ーー単に「雇用を増やす」以外に、重要と思われる視点は何ですか。
私は「地域に住み続けたい理由をどう提供するか」が最も重要だと思います。人口減少社会において「人を増やす」ことは難しくても「人が出ていかない」状況を作ることは可能です。その鍵が「はたらける環境の整備」と「地域に誇りを持てる仕組み」であり、ジョブシェアセンターは、その両方を満たすことを目指しています。
ーー具体的にはどのような効果があるのでしょうか。
まず、経済的効果です。地域ではたらけば、収入が地域で消費されて商店街やサービス業にも回るようになり、地域経済の基盤強化につながります。
次に、社会的効果です。仕事を通じて人と人がつながり、孤立を防ぐ役割を果たします。特に高齢化が進むニュータウンでは、はたらくこと自体が「社会参加」の意味を持つのです。
さらに、心理的効果もあります。はたらけることで「自分は社会に役立っている」という自己肯定感が生まれるためです。
神戸モデルを全国に広げ、地域での雇用創出や地域経済の持続可能な成長に貢献
神戸モデルを全国に広げ、地域での雇用創出や地域経済の持続可能な成長に貢献
ーー今後の抱負についてお聞かせください。
抱負は3つあります。1つ目は、循環型ビジネスモデルの確立です。ジョブシェアセンターで運用する市や地元企業の業務ではたらいた市民の収入が地域経済に回り、それが市の税収を支え、さらに新しい雇用や事業を生み出す。この循環を持続的に回していくことが目標です。
2つ目は、大学や高校との協創によるキャリア支援です。神戸市の名谷エリアをフィールドに、学生が地域課題にPBL形式(※)で取り組む仕組みを作っています。学生にとってはキャリア形成に直結する学びの場となり、地域にとっては若者が参画することで新しい活力が生まれるわけです。現時点で3大学が関心を示しており、この動きをさらに広げたいと考えています。また、
高校とも地域探究活動を開始しています。
※PBL形式:Project Based Learning(プロジェクト型学習)の略で、教室内の知識習得にとどまらず、実際の課題解決に取り組むことで学びを深める教育手法。学生自身が「調べる・考える・計画する・実行する・振り返る」という一連のプロセスを主体的に経験していく。
3つ目は、全国展開です。労働人口減少は全国どの地方都市でも共通の課題です。私たちは神戸の事例を「神戸モデル」として、全国に発信していきたいと思います。ニュータウンという住宅地を基盤にした雇用創出の仕組み、大学をはじめとする教育機関との協創による人材育成、行政との連携による拠点再生――これらはどの地域でも応用可能です。実際に「神戸市の事例を参考にしたい」と他の自治体から相談をいただく機会も増えてきました。
最終的には「神戸のジョブシェアセンターを見れば、地方都市の労働課題に対する解決策が見える」と言われる存在になりたいです。そうすることで、地方から全国へ、そして日本全体の労働力不足解消につなげていければと考えています 。
ーー最後に、今後挑戦したいことを教えてください。
神戸市での取り組みは全国の地方都市の「労働人口減少」という最重要課題の解決に役立ち、
地域での雇用創出や地域経済の持続可能な成長に貢献できるものと考えています。そのためにも、ジョブシェアセンターが、「衣・食・住」とともに生活に欠かせない「はたらく場」としての存在感を発揮し、人々がそこに住み続ける意味を見いだして、「ジョブシェアセンターがある街に住みたい」と言われるようにしていきたいですね。