ドローン物流を軸に展開する新潟県のスマートアイランド構想
            国土交通省が推進する「スマートアイランド構想」の一環として、新潟県の離島が直面する物流課題の解決に向け、ドローン物流の実証実験構想が進められています。ここでは、この構想を現場で担当されている佐渡市の藤井様、粟島浦村の渡邉様、新潟市の増田様、そして支援にあたった弊社フィールドDXソリューション部の髙木、瀧の5人それぞれの立場から、離島の現状と課題、実証の成果、そして未来に向けた展望について伺いました。
藤井優輝様:新潟県佐渡市地域產業振興課 主事
渡邉泰介様:新潟県粟島浦村総務課情報政策係
増田徹様:新潟県新潟市産業政策・イノベーション推進課 主査
髙木開:パーソルビジネスプロセスデザイン ビジネスエンジニアリング事業本部 フィールドDXソリューション部
瀧 祐介:パーソルビジネスプロセスデザイン ビジネスエンジニアリング事業本部 フィールドDXソリューション部
ーーまず、スマートアイランド構想について、その概要を教えてください。
髙木: スマートアイランドは、全国の離島が抱える人口減少や高齢化に伴う物流、医療、防災、観光などの構造的課題に対し、ICTなどの新技術を導入して解決を目指す構想で、国土交通省が中心となって進められています。今回の案件では特に「物流」に焦点を当てて、車や船による輸送に比べて大幅な時間短縮やコスト削減の可能性を秘めた、ICTを活用するドローン物流の実証実験を行ってきました。
実証実験においては、実際に離島問題の当事者の方々に加えて、ドローンの運行や飛行申請などを行うA社様、新幹線物流の調整や離島の産物の販路開拓を手掛けるB社様の民間企業2社の協力を得て、弊社はコンソーシアムの代表企業として調査業務のとりまとめを担当しました。
ドローンは、単に「物を運ぶ」だけでなく、災害時の物資・医薬品輸送や、観光での空撮活用など、さまざまな波及効果を地域住民の生活全般にもたらすはずです。こうした多面的な価値を検証し、持続可能な仕組みを構築することが、スマートアイランドの根本的な意義であると考えています。
ーー佐渡島・粟島には、それぞれどんな課題がありましたか?
            ーー佐渡島・粟島には、それぞれどんな課題がありましたか?
藤井様: 佐渡島では人口減少と少子高齢化が進み、基幹産業である漁業や農業の人材不足が深刻化しています。物流面でも大きな問題を抱えており、島内で生産された水産物や農産物を本土に運ぶには船を利用するしかなく、佐渡から新潟港まで2時間半かかるうえに天候による欠航リスクも伴いました。輸送コストの高さが販売価格に影響するので、生産者の努力だけでは産業活性化が難しい状況です。そのため、佐渡市としては「鮮度を維持した特産品を本土や首都圏に届ける仕組み」の構築が大きなテーマでした。
渡邉様: 粟島は佐渡島よりも小規模な離島で、人口減少や高齢化の影響がより直接的で深刻です。最大の課題は「物流の不安定さ」で、特に冬季は日本海の荒波で船が頻繁に欠航し、生活物資や郵便が届かない、医療面に不安が生じるといった問題があります。また、特に漁業は重要な産業ですが、流通が不安定では、せっかく獲れた魚を市場に出しても漁師の手元に残る金額はわずかで、若者も「漁師になろう」とは思えません。そのため、「漁業と物流をどう結びつけるか」が差し迫った課題です。
増田様: 新潟市は本土側の拠点としてこの構想に関わりました。佐渡島や粟島からの物資が迅速に新潟市内に届き、そこから新幹線や高速道路を通じて東京をはじめとする大都市圏に展開される流れが整えば、既存物流が補完され、離島産品の新たな流通機会の創出が期待されます。また、新潟市としては、イノベーション推進の観点から新しい物流モデルの実証実験を支援することは大きな意義があると考えました。
持続可能なサービスと地域産業振興を目指して
            
            ーーこの案件における最大の目標は何でしたか?
            藤井様:佐渡市としての最大の目標は、「ドローン物流を通じて持続可能なサービス提供の可能性を探ること」でした。実証実験で終わらせることなく、将来的に継続的な運用ができるのか、その条件や課題は何かを明らかにすることが狙いでした。
地域産業振興の点から、佐渡島は新潟県内でも屈指の観光地であり、また漁業・農業の産地でもあります。特に鮮魚や農産物は「鮮度が命」です。従来、船便で本土に輸送するのに2時間半かかり、さらにそこから新潟市を経由して都市部に出荷されるため、東京に届く頃にはどうしても鮮度が落ちてしまう。これが価格やブランド力に直結していました。もしドローンで輸送できれば、2時間半が40分に短縮され、さらに新幹線とリレーして4時間程度で東京に魚を届けられます。それならば「佐渡島の魚は新鮮である」というブランドを確立するチャンスになると考えました。
また、医療分野ですと、佐渡島は高齢化率が高く、医薬品や緊急物資を迅速に届けられる仕組みが非常に重要です。防災の観点からは、島が孤立してもドローンで物資を運べれば住民の安心感につながります。さらに観光分野でも、ドローンによる空撮を活用すれば、佐渡島の魅力を新しい形で発信できるというように、多方面にわたる可能性を広げることも目標に含まれていました。
渡邉様:粟島の最大の目標は「島の知名度を高め、漁師の収入を安定させること」でした。粟島は小さな村で、人口減少のスピードも速く、はたらく人が島を離れてしまうことが最大の課題です。たとえば、東京や大阪の消費者が「粟島直送の新鮮な魚」を手に取れるようになれば、魚の価値を正しく評価してもらえます。フェアトレードのように適正価格で生産者に利益を還元できれば、結果として漁師の収入が安定し、漁業も持続可能となり、島全体の人口流出も防げるのではないかという期待を込めて、今回の構想に取り組みました。
瀧: 弊社から見た最大の目標は、「地域住民の利便性向上と地域経済の活性化」でした。ドローン物流という新しい物流手段を単なる「実験」で終わらせるのではなく、実際に住民の生活に役立ち、経済活動を支えるインフラにできるかを確認することが重要だったのです。
具体的には、離島と本土の物流ニーズを効率的に満たして持続可能な配送システムを構築し、その過程で、地域の産業や住民の暮らしにどういう付加価値が生まれるかを検証することを重視しました。たとえば、災害時には既存の輸送手段が断たれる可能性があります。そのときにドローンが代替輸送手段として医薬品輸送などに活躍すれば、命を守ることにも直結するでしょう。さらに、地域経済面では、新しい物流が整えば特産品の販路拡大や観光の促進につながり、長期的に地域を豊かにする可能性を持っています。
その意味から、構想全体を通して意識したのは「技術の社会実装」であり、「ドローン物流は単なるテクノロジーではなく、人々の暮らしを変える手段である」という視点でした。
ドローン物流の実証実験を支えた実践と工夫
            ーー具体的にはどのような取り組みをしましたか?
高木:今回の実証実験で弊社は、コンソーシアムの代表団体として、全体のとりまとめや、事務局と構成団体とのスムーズな連携を行う立場でした。具体的には、公示を経てコンソーシアムを立ち上げ、企画提案書の提出と採択を経た後、各構成団体との契約手続きに着手しました。そのうえで、全体計画を策定し、使用する機体の選定や現地での調査、離発着地点の調整、関連法令の確認といった準備を段階的に進めました。さらに、飛行ルートを確定して許可申請を行い、人員を確保して本番の実証飛行に臨みました。最終的に得られたデータを分析して成果報告会を実施し、ビジネスモデルの検討を含めた成果報告書を取りまとめるまで、一連の流れを体系的に進める役割を担いました。
藤井様: 佐渡市では、複数の離発着所の選定と調整を行い、ホテルや観光施設などを含めた拠点を活用して「佐渡島の特産品をその場で観光客に配送する」といった新しい活用の可能性も探りました。漁業関係者や農業従事者とも連携して、鮮魚はもちろん農産物や加工品も配送の対象とし、ドローンが産業振興にどう寄与できるかを多角的に検証したのです。物流は産業の根幹であり、持続的に成り立つかどうかを確かめるには、現場の声を反映させることが不可欠でした。
渡邉様: 粟島でも、村内にあるヘリポートをドローンの離発着に適した環境として活用するなど、離発着環境の整備を行いました。また、天候の影響が大きいため、1週間前から予報を確認して当日の飛行可否を細かくチェックしました。
増田様:本土側の離発着場の調整が新潟市の役割でした。離島からの物資を受け入れる場所を確保し、物流が円滑に流れるように調整しました。
瀧: 弊社の取り組みの中心は「複数ルートでのドローン物流実証」であり、佐渡島と粟島から本土へ海産物や農産物を輸送して、その運用モデルを検証しました。複数のルートの同時運用を試みることで、どのように効率化できるかを確認したのです。
まず取り組んだのは機体選定で、複数メーカーの機体を比較検討してVTOL型(垂直離着陸機)のドローンを採用することで、長距離飛行と効率性を確保し、複数ルートを同時飛行させる運用モデルを構築することができました。
また、収益性の検討も大きなテーマでした。ドローン物流は現時点ではコストが高く、1回あたりの輸送費が割高になります。そこで、どのようにすればコストを下げ、収益性を高められるかを議論し、たとえば複数の貨物をまとめて運ぶ工夫や、観光イベントと連動させるビジネスモデルなどを検討したのです。
ーーそうした取り組みにおいて、特に工夫した点はありますか?
髙木:本実証では離島と本土間で約40kmを飛行する必要があります。一般的なマルチコプター型のドローンは安定性に優れる一方で長距離飛行には不向きです。そこで、長距離航行可能なVTOL型ドローンの検討を進めました。VTOL機は海外製が多く、国内の飛行実績も決して多くはありませんが、本実証に耐えうるスペックを有する機体を比較検証し、海外製の機体の採用を決めました。VTOL機自体のノウハウは保有していたものの、本実証で使用する機体は初めてのメンバーも多く、短期間でノウハウの習得を行いました。
また、通常は単一ルートに留まりがちな実証実験を、実際の運用に近い複数ルートでの同時飛行によって行ったことが、運用モデルの検証に大きく役立ったと思います。
さらに、地域との連携も大切にしました。自治体、漁協、民間企業、住民といった多様なステークホルダーが関わるため、定例会議を設けて緊急連絡網も整備し、常に情報を共有する体制を構築しました。計画変更やトラブルがあれば迅速に報告・相談する仕組みを作ったことで、関係者の信頼を得ながら実証実験を進めることができたと考えています。実際、準備期間中には複数回のトラブルが発生しましたが、強固なリレーションにより、迅速な議論と意思決定を行い、期間内にリカバリ-することができました。
渡邉様: 私たちは、住民への理解促進に特に力を入れました。ドローンを「SF的」、「遠い世界の技術」と感じる住民が多い中で、保育園児や小中学生、漁業関係者に実際の飛行を見学する機会を設け、自分たちの魚が空を飛んで運ばれる瞬間を体験してもらったのです。住民説明会も開催し、安全性や音について丁寧に説明することで、安心して受け入れてもらえるよう工夫しました。こうした取り組みは、単に物流の実証にとどまらず、地域の意識改革にもつながったと感じています。
藤井様: 佐渡市の工夫は、過去の経験を生かすことでした。令和4・5年度にも佐渡島と新潟本土を結ぶドローン物流の実証を行っており、その経験から「コストの課題」、「天候の制約」、「住民への説明の重要性」などを事前に把握できていたため、今回の構想ではそれを踏まえて準備を整えたのです。先の「観光×ドローン」という新たな切り口や、鮮魚だけでなく農産物や加工品、工芸品なども対象とした多角的な検証も、過去の経験に基づく発想でした。
天候・技術・コストの壁と向き合って得られた輸送時間短縮と住民の希望
            
            天候・技術・コストの壁と向き合って得られた輸送時間短縮と住民の希望
ーー取り組む上でどんな壁がありましたか?
瀧:大きな壁の一つ は「天候」でした。強風や雨天時にはドローンは飛ばせませんし、特に冬季は日本海特有の荒天が続きます。そのためスケジュールが度々変更され、関係者の調整が大きな負担となりました。イベントやメディア公開に合わせて飛行予定を組んでも、直前で中止になるケースもありました。
もう一つの壁は「技術的な限界」で、VTOL機は長距離飛行が可能ですが、積載量には限りがあります。現状では1回に運べる荷物は数キロ程度で、大量輸送には不向きです。また、防水性能も課題ですが、今後の技術革新に期待しています。
そして「ランニングコスト」も改善が必要です。現状ではドローン物流の1回の飛行にかかる費用は船便に比べて割高ですが、1度の飛行に複数のユースケースで行うなど、商用化を進めるうえで、コストをどこまで削減できるかが重要になります。
渡邉様:私たちが感じた最大の壁も「コスト」でした。輸送コストが魚の価格に上乗せされて高額になれば、消費者は手を出しにくくなりますから、いかにして「適正価格」で届けるかが課題です。
また「継続性」も壁になっています。実証実験は一度きりのイベントとしては盛り上がりますが、日常的に続けるとなると人員の確保やシステムの整備が必要です。小規模な村の体制でどのように担っていけるか、その答えを見つける必要があります。
藤井様:佐渡市の場合は「天候依存」が最大の課題でした。船便と同様に、ドローンも悪天候では動けません。そのため「結局使えないのではないか」という懐疑的な声も一部にありました。こうした声に向き合い、現実的な運用モデルを示していくことが求められます。
また、「行政としての財政的制約」もあります。ドローン物流は新しい試みですが、税金を投入する以上、成果をきちんと住民に還元する必要があるわけです。単に「技術的に可能」というだけでなく、コストと効果のバランスを示すことが求められました。
ーー今回の実証実験を経て、どんな成果がありましたか?
藤井様: 大きな成果は、やはり「輸送時間の短縮」でした。従来、船では2時間半かかっていたところを、ドローンでは40分に短縮でき、鮮魚をより新鮮な状態で市場に届けることが可能になりました。住民からは「ドローンが実際に役立つものだと実感した」という声が寄せられ、行政としても「次のステップに進める」という手応えを感じています。
渡邉様: 粟島にとって最大の成果は、「住民の理解と希望」です。とった魚がドローンで運ばれる場面を見てもらったことで、漁師も住民も「これは自分たちの生活に役立つ技術だ」と実感してくれました。子どもたちが「大きくなったらドローンを飛ばす仕事がしたい」といってくれたこともあり、次世代に夢を与えるきっかけにもなりました。
瀧: 弊社が考える成果として大きかったのは、技術と地域社会をつなぐモデルを示せたことです。ドローン物流が単なる技術ではなく、具体的に地域住民の生活にどのように役立つかを実証できたことは意義深いことだと考えています。また、国内でも前例の少ない実証を成功できたことで、大学からの共同実証に関する提案や、メディアからの取材依頼をいただくなど、広く社会に認知されるきっかけを作ることができました。
離島の暮らしを支え地域に根付く社会インフラへ
            ーー今後どんなことに挑戦したいですか?
藤井様: 今後は、「物流以外の分野」への応用を進めたいと思っています。たとえば、医薬品輸送や災害時の代替手段としてのドローン活用は、住民の安全安心に直結するでしょう。また、観光やイベントと連動したドローン活用を一層進めて、地域産業を活性化する新たな可能性も探りたいと考えています。
渡邉様: 粟島では、「継続的な仕組みづくり」に挑戦したいと考えています。人口減少を食い止めるためにも漁師の安定収入の確保が求められますので、粟島産の鮮魚をブランド化して、都市部の消費者に直接届ける仕組みを確立していきたいですね。
 
 
髙木: 弊社としては「持続可能なビジネスモデル」の構築が次の挑戦です。本実証では、現状のドローン技術の確実性と離島・本土双方のニーズの確認をすることができました。今後は技術的課題を克服して、運用の最適化を図ることでコスト削減を実現し、持続可能なビジネスモデルとして確立していきたいと考えています。さらに、これらのノウハウを標準化することで、全国にある他の離島地域への展開も可能となります。こうした取り組みによって、ドローン物流は「実験的取り組み」から「地域に根付く社会インフラ」へと進化していけると考えています。