「静かな退職」の実態
静かな退職は、英語では「Quiet Quitting(クワイエット・クィッティング)」と呼ばれ、世界的に注目されている職場の現象です。従業員が実際に退職するわけではなく、与えられた最低限の業務だけを行い、それ以上の努力や貢献を避ける状態を指します。
この問題の深刻さを示すデータとして、マイナビの調査では正社員の約44.5%が静かな退職をしていると回答しています。これは従業員の主観的な自己認識に基づく数値ですが、半数近い人材がモチベーション低下に陥っている可能性を示唆しています。
一方で、パーソル総合研究所がより客観的な行動基準で実施した調査では、その割合は約5.8%にまで低下します。この数値の大きな乖離は、「なんとなく不満を感じている層」と「実際に行動を変えてしまった層」の存在を示しており、静かな退職の定義や捉え方によって実態の見え方が大きく変わることを物語っています。
重要なのは、数値の大小ではなく、多くの従業員が何らかの形で仕事への情熱を失いかけているという現実です。
※参考:株式会社マイナビ「正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)」
※参考:株式会社パーソル総合研究所「定点調査から見える「静かな退職」の動向 ~背景に潜む3つの就業変化~」
静かな退職が発生する3つの要因
静かな退職の発生には、複数の要因が複雑に絡み合っています。ここでは主要な原因を以下の3階層に分けて整理し、それぞれのは背景について解説していきます。
- 【評価・制度の問題】公平性の欠如とキャリアの停滞感
- 【マネジメントの問題】過重労働とサポート不足
- 【コミュニケーションの問題】関係性の希薄化と孤立感
【評価・制度の問題】公平性の欠如とキャリアの停滞感
最も深刻な問題の一つが、評価制度の不透明さとキャリア成長機会の不足です。
株式会社コーナーの調査によると、「給与・報酬が期待に見合っていない」と感じる従業員が45.4%、「評価・昇進の基準が不透明」と回答した従業員が33.5%に上り、これらが不満の上位を占めています。
どんなに努力しても評価されず、何が評価基準なのかも不明な状況では、従業員が諦めモードになるのは当然といえるでしょう。上司からのフィードバックもなく、成長している実感が持てない環境では「努力が報われないなら最低限でいい」という思考に陥いります。
また、マイナビの調査でも「キャリアアップが望めない環境」が静かな退職のきっかけになっているという回答が多く挙がっています。将来のビジョンが見えず、今の仕事を続けても成長できる気がしない状況下では、将来への不安からやる気を失ってしまうのも無理ないと言えるでしょう。
※参考:株式会社コーナー「企業リスクとして増加する“静かな退職”、リモートワークで5割超に。若手の給与不満のほか、30代~50代の本音とは|HRpro」
※参考:株式会社マイナビ「静かな退職 なぜ起こる?-シリーズ「静かな退職」を考える1-」
【マネジメントの問題】過重労働とサポート不足
二つ目の大きな要因が、マネジメント層のサポート不足と過重労働の継続です。
毎日、夜遅くまで勤務することが常態化することで、プライベートの時間が全くない状況が続くと、仕事への情熱が冷めてしまいます。貢献しようと行動したとしても労働環境が改善されず、ワークライフバランスが崩れてしまうことで、従業員は自分を守るために最低限の働き方にシフトするのです。
特に問題となるのが、「成果だけを求め、課程を見ないまま放置するスタイル」です。
プロセスへのサポートがなく、困った時に助けてもらえない環境では「自分一人で何とかしろ」という空気が生まれます。“結果を達成するためにどのような方法・手段を取ったのか”この過程をを評価されず、結果のみでしか評価されない環境では、従業員の意欲の低下は免れません。
さらに、「中間管理職の負担過多」も深刻な問題です。
プレイングマネージャーとして自分の業務に追われ、マネジメントが後回しになっている場合、部下の変化に気づく余裕がありません。マネジメントをおろそかにしたまま放置してしまうと、過度なストレスやプレッシャーが蓄積し、心身ともに疲弊する燃え尽き症候群(バーンアウト)を誘発する場合もあるため未然の対処が必要と言えるでしょう。
【コミュニケーションの問題】関係性の希薄化と孤立感
三つ目の要因が、職場内でのコミュニケーション不足と孤立感です。
同僚や上司との関係が希薄で、職場に居場所がない感覚を持つ従業員も多いのではないでしょうか。相談できる相手もおらず、一人で抱え込んでしまう状況では、チームワークが感じられず、会社への帰属意識が薄れていくのは当然でしょう。
特にリモートワーク環境では、この問題がより深刻化する傾向があります。
前項でご紹介したコーナーの調査では、リモートワーク中心の従業員における静かな退職の割合が57.3%と最も高い数値を示しており、物理的な距離がコミュニケーション不足を加速させていることが分かります。
また、働き方や価値観の変化も見逃せません。
マイナビの記事でも指摘されているように、コロナ禍で働き方への価値観が変わり、仕事よりプライベートを重視する人が増加しています。ワークライフバランスを保ちたいという気持ちが強くなった結果、いわゆる「ハッスルカルチャー」への反発として仕事に全力投球する意味を見出せなくなった従業員も少なくありません。
※参考:株式会社コーナー「企業リスクとして増加する“静かな退職”、リモートワークで5割超に。若手の給与不満のほか、30代~50代の本音とは|HRpro」
※参考:株式会社マイナビ「Z世代だけではない!社会に広がる「静かな退職」とは?」
「静かな退職」発生前に見られる3つの兆候
静かな退職を防ぐためには、早期に兆候を察知し対処することが重要です。
例えば、以下のような特徴が見られる組織や従業員は「静かな退職」状態へと陥ってしまう可能性があるため、注意が必要です。
兆候(1)リモートワーク中心の職場環境
前述のコーナーの調査で最も注目すべきデータは、「リモートワーク中心」の従業員における静かな退職の割合が57.3%と最も高い数値を示していることです。これは物理的な距離がコミュニケーション不足を加速させ、マネジメントの難しさを示していると言えます。
リモートワーク環境では、上司や同僚との自然な会話が減少し、業務上の相談や雑談による関係構築が困難になります。その結果、従業員の変化に気づきにくく、問題が深刻化してから発覚するケースが多発しています。
兆候(2)成果主義と放任のバランスが崩れている
成果だけを求めて放置するスタイルが浸透している職場では、静かな退職が発生しやすくなります。プロセスへのサポートがなく、困った時に助けてもらえない環境では、従業員は孤立感を深めていきます。
「結果を出せばやり方は任せる」という方針は一見合理的に見えますが、適切なサポート体制がなければ、従業員は「放置されている」と感じ、仕事へのモチベーション低下を招きかねないでしょう。
兆候(3)評価制度が年功序列型に偏っている
年齢や勤続年数で評価が決まり、頑張っても若手は報われない仕組みでは、優秀な人材ほど早期にモチベーションを失います。実力があっても昇進は遠い先の話では、努力と報酬が比例しない不公平感が蓄積されていきます。
評価制度だけが要因ではない可能性もありますが、若手社員の離職率が高い、新規プロジェクトが立ち上がっても若手が消極的になっている、といった場合、「静かな退職」状態に陥っている懸念があるため、制度の見直しが求められるでしょう。
【抜本的解決】静かな退職の防止に有効な4つの対策
静かな退職を防ぐためには、根本的な原因に対処する体系的なアプローチが必要です。
本項では、すぐに実践できる具体的な対策を4つご紹介します。
傾聴と共感を意識した対話・1on1を行う
多くの企業が導入している1on1ミーティングですが、上司が一方的に話す場になっていては効果が薄くなるでしょう。上司の気分やヒアリング能力に左右されることなく、部下の本音を引き出せるよう“コーチング”の姿勢が求められます。
まずは、一人ひとりの話に耳を傾け、傾聴と共感を意識した対話を行うことが重要です。心理的負担を軽減することで、小さな悩みや不満の発見につながるでしょう。
また、実施頻度やフォーマットを固めるだけでなく、人事による進捗管理も効果的です。1on1は管理の場ではなく、部下の内省を促す対話の場であるべきです。心理的安全性への配慮したオープンなコミュニケーションを心がけ、従業員が安心して本音を話せる環境を構築することが重要です。
さらに定期的な社員アンケートで「不満を可視化」し、問題を早期発見する仕組みを整えましょう。匿名で率直な意見を言える環境を作り、結果は必ずフィードバックして改善につなげることで信頼を築くことが不可欠です。
公正な評価体制を構築する
売上や目標の達成などの数字上の「成果」だけでなく、そこに至るまでの「プロセス」や組織への「貢献度」をみる多面的な評価制度を導入することが重要です。
どのような行動や努力が評価されるのかを明確にし、透明性の高い評価基準を設けることで、従業員の納得感を高められるでしょう。また、従業員自身の成長にもつながるだけでなく、組織への信頼・エンゲージメントの向上も期待できます。
例えば、年功序列制の廃止を検討する、実力や貢献度に応じた公平な評価・昇進の仕組みを構築する、など若手社員が頑張りを正当に評価される環境を整えることで、組織全体のモチベーション向上につながります。
キャリアパス・成長機会を創出する
将来の姿をイメージさせることも静かな退職への対策として有効です。従業員自身がキャリアプランや自己成長した姿が見えない職場環境では、モチベーション低下を招きます。
「キャリア面談」の制度化として年に数回キャリアについて話し合う機会を必ず設けるなど、目標や希望、将来ありたい姿をヒアリングしましょう。その上で、組織としてどのような成長機会を提供することができるかを具体的に示すことが重要となります。
例えば、スキルアップ研修や資格取得の補助、外部セミナーへの参加機会などの支援制度を充実させることが挙げられます。組織全体で成長をバックアップする姿勢を示すことで、従業員は積極性と責任感、オーナーシップを持つことができるでしょう。従業員の役割と責任を明確にし、成長への道筋を明確にすることが、モチベーション維持と意欲的な業務姿勢につながるのです。
組織文化の改善・形成する
働き方の柔軟性を高め、業務量の適正化を図ることで、従業員のワークライフバランスを尊重する文化を形成しましょう。
リモートワークやフレックスタイムの導入、有給休暇の取得促進など、従業員が働きやすい環境を整備することが重要です。また、日常的にフィードバックや承認を心掛けることも重要です。
些細な言葉でも「ありがとう」、「助かりました」といった感謝や具体的なフィードバックが、従業員の帰属意識を募らせ貢献意欲の向上が期待できます。
なお、ワークライフバランスを尊重する文化の形成(意識改革)には、経営層から現場管理職を含め組織全体の意識改革も必要です。長時間労働を美徳とする古い価値観から脱却し、効率的な働き方を評価する組織文化への転換を図ることが求められます。
【今日からできる】即効性のあるマネジメント施策3選
大きな制度変更や組織改革は時間もコストもかかるため、すぐに実行するのは難しい場合があります。
しかし、日常のマネジメントの中でも工夫次第で従業員のモチベーション向上や業務効率化につながる施策はあります。ここでは、特別な予算や大規模な制度を必要とせず、今日からでも取り入れられるマネジメント施策を3つ紹介します。
期待値の明確化と職務範囲の定義
従業員に対し、「なぜこの仕事をするのか」「どんな成果を期待しているのか」を明確に説明することが重要です。業務の意味や価値を理解することで、やりがいを感じて取り組むことができるでしょう。
また、曖昧な指示をするのではなく、具体的な期待値を伝えることで、従業員の安心感とパフォーマンス向上が見込めます。この「期待値の明確化」は、従業員が自分の役割を正しく理解し、主体的に行動するための基盤となります。
承認と感謝の文化醸成
承認と感謝の文化醸成は、コストをかけずに実践できる最も効果的な施策の一つです。些細なことでも感謝を口に出す習慣を作り、メールやチャットでも積極的に「ありがとう」を伝えましょう。
例えば、サンクスカードの導入やチャットツールでの感謝の見える化など、具体的な仕組みを作ることで継続的な文化として定着させることができます。この承認と感謝の文化を醸成していくことで、前項で解説したように根本的な課題解決にも繋がります。従業員の帰属意識を高め、安定したモチベーション維持するためにも、すぐに実践すべき取り組みと言えるでしょう。
雑談できるチャットを開設する
業務以外の話題で気軽にコミュニケーションが取れる場を作ることで、リモートワークで希薄になった人間関係を補完できます。
また、職場の一体感を醸成し、心理的安全性を高める効果もあります。重要なのは、管理のためのツールではなく、純粋にコミュニケーションを楽しめる場として機能させることです。
静かな退職状態の従業員へアプローチする際の注意点
前項までで、静かな退職状態に陥る前の対策をご紹介しました。
しかし、既に静かな退職状態にある従業員に対しては慎重なアプローチが必要です。不適切な対応は状況をさらに悪化させる可能性があります。
強引に変えようとせず、相手のペースを尊重する
無理に変化を求めると逆効果になることが多いものです。まずは相手の気持ちを理解し、信頼関係を築くことから始めましょう。
仕事への意欲が低下している背景には、何らかの原因が隠されているため、まずはその原因を探るのではなく、「何か困っていることはないか?」という問いかけで、対話を始めることが大切です。
1on1における心理的安全性の確保が重要で、焦らずに時間をかけて、少しずつ関係を改善していく姿勢が大切です。部下の内省を促す対話の場を提供することで、自発的な変化を促すことができます。
具体的で現実的な改善策を示す
抽象的な話ではなく、実際に変わる内容を具体的に提示することが重要です。
「頑張れ」ではなく「この業務を軽減する」「この制度を使える」など、目に見える改善策を示すことで信頼を得られます。従業員が「本当に状況が改善される」と実感できる具体的なアクションを伴った提案を心がけましょう。
「否定」や「説教」にならないように注意する
相手の現状を批判したり、やる気のなさを責めたりしてはいけません。
なぜそうなったのかを理解しようとする姿勢を見せることが重要です。説教ではなく対話を心がけ、一緒に解決策を考える協力的なスタンスを取ることで、従業員との信頼関係を回復できます。
組織全体の問題と捉えて接する
静かな退職は単に個人のやる気の問題ではなく、組織の文化やマネジメント、評価制度に根本的な原因があることが多いため、それを理解したアプローチが必要です。
従業員一人ひとりの問題を解決しつつ、組織課題となる根本要因を洗い出し、解決策を講じる必要があります。個人を責めるのではなく、システムや環境の改善に焦点を当てることで、より効果的な解決につながります。
※参考:パーソルイノベーション株式会社「若手社員の7割が「静かな退職」に共感 副業と両立し昇進志向が低下、職場マネジメントの課題とは|月間総務オンライン」
本音を引き出し心理相談サービス「KATAruru」
静かな退職は、単なる一時的な現象ではなく、現代の働き方における構造的な問題を反映した深刻な課題です。正社員の約44%が何らかの形で経験しているこの問題を放置すれば、組織全体の生産性低下と優秀な人材の流出は避けられません。
重要なのは、表面的な対策ではなく、根本的な原因である評価制度の不透明さ、過重労働、コミュニケーション不足に真正面から取り組むことです。1on1やキャリア面談の制度化、承認文化の醸成といった具体的な施策を継続的に実施することで、従業員のモチベーション回復と組織の活性化を実現できます。
従来の対策だけでは効果が得られない場合、第三者による専門的サポートが有効です。特に、従業員が上司や人事に話しづらい本音を安心して相談できる環境は、静かな退職の防止につながります。
パーソルビジネスプロセスデザインでは、オンライン心理相談サービス「KATAruru(かたるる)」をご提供しています。臨床心理士・公認心理師による専門的な対話を通じて、従業員の早期ケアを行うことで、モチベーションの維持や不安解消などに繋がり、静かな退職状態に陥るリスクを軽減することが可能です。