産業医面談のオンライン実施は認められているのか?
そもそも、産業医面談をオンラインで実施することは法的に認められているのでしょうか。まずはその法的根拠と、オンライン実施が認められる面談の種類、対面との併用が推奨される背景を確認しましょう。
※参考: 情報通信機器を用いた労働安全衛生法第66条の8第1項|厚生労働省
※参考: 情報通信機器を用いた産業医の職務の一部実施に関する留意事項等について(◆令和03年03月31日基発第331004号)|厚生労働省
2020年11月より産業医面談のオンライン実施が可能に
2020年11月、厚生労働省は産業医面談のオンライン実施を正式に認める通知を公表しました。
「情報通信機器を用いた労働安全衛生法第66条の8第1項、第66条の8の2第1項、第66条の8の4第1項及び第66条の10第3項の規定に基づく医師による面接指導の実施について」が改正され、一定の要件を満たせば産業医面談をオンライン実施可能と明示しています。
この通達により、企業は拠点の場所に関係なく、全国どこからでも産業医面談を実施できる法的根拠を得たのです。ただし、オンライン実施には後述する要件があり、すべての面談を無条件にオンライン化できるわけではありません。後述しますが、産業医面談のオンライン化には適切な環境整備とプライバシー保護が求められるのです。
※参考:厚生労働省労働基準局「情報通信機器を用いた労働安全衛生法第66条の8第1項、第66条の8の2第1項、
第66条の8の4第1項及び第66条の10第3項の規定に基づく医師による面接指導
の実施について」
オンライン実施が認められる面談の種類
- 健康診断事後措置面談
- 復職判定面談
- 高ストレス者面接指導(ストレスチェック後)
- 長時間労働者面接指導
定期健康診断そのものはオンライン実施不可ですが、健診後の産業医面談はオンラインで実施できます。
つまり、従業員の心身の健康状態を確認し、必要な措置を講じるための産業医との面談は、基本的にオンラインで実施できるということです。これにより、企業は場所にとらわれない柔軟な産業保健活動が可能となりました。
対面との併用が推奨される理由と背景
オンライン面談は利便性が高い一方、対面でないと把握しづらい情報もあるため、状況に応じた使い分けが推奨されます。
実際、厚生労働省の通達では、オンライン面談を認める一方で、「必要に応じて対面での評価・面談に切り替えることを求める」と強調されています。例えば以下のような状況が該当します。
- 初回面談
- 重度の不調が疑われる場合の面談
- 復職可否の最終判断をするための面談
このような重要な局面では対面面談が望ましいでしょう。
つまり、オンラインは「すべての面談を代替するもの」ではなく「対面と組み合わせて柔軟に活用する選択肢」として位置づけられているのです。企業は、面談の目的や従業員の状態に応じて、オンラインと対面を適切に使い分ける運用が求められます。
産業医面談をオンラインで実施する3つのメリット
オンライン産業医面談には、対面面談にはない多くのメリットがあります。企業と従業員の双方にとっての具体的なメリットを3つ紹介します。
メリット(1)拠点間の移動時間・コストを削減できる
オンライン面談なら産業医が複数拠点を訪問する必要がなくなり、移動時間・交通費を大幅に削減できます。
従来、複数拠点がある企業では、産業医が各拠点を訪問するか、拠点ごとに産業医を手配する必要があり、移動時間や交通費が課題でした。オンライン面談により、産業医は1箇所から全拠点の従業員と面談できるため、移動時間がゼロになり、交通費も不要になります。
特に地方拠点や小規模事業所では、産業医の確保が難しかったのですが、オンラインであれば本社契約の産業医が対応できます。結果として、産業保健活動の費用対効果が向上し、限られた予算で質の高いサービスを提供できるでしょう。
メリット(2)従業員の心理的ハードルが下がり受診率が向上する
オンライン面談なら自宅やプライベートな空間から参加できるため、従業員が相談しやすく、プライバシー保護の観点から心理的障壁が下がり受診につながる可能性が高まると考えられます。
対面面談では、「産業医室に入るところを同僚に見られたくない」「メンタル不調と思われたくない」という心理的ハードルがあり、面談を避ける従業員も少なくありません。また、休職中で職場への出社が困難な従業員などであっても、オンライン面談であれば自宅や会議室など、周囲の目を気にせず参加できるため、心理的な抵抗感を軽減することが可能です。
特に高ストレス者面談や復職面談など、メンタルヘルスに関わる面談やセンシティブな内容を含む面談においては、プライバシーが守られるオンライン形式に安心感を抱く従業員が多いといえます。結果として、面談の受診率が向上し、早期発見・早期対応につながるでしょう。
メリット(3)日程調整の柔軟性が高まりスピーディーな対応が可能
移動時間が不要になることで、産業医のスケジュールに空きが生まれ、急な面談にも柔軟に対応できます。
対面面談では、産業医の訪問日に合わせて従業員の予定を調整する必要があり、調整に時間がかかることが多いです。一方でオンライン面談であれば、産業医と従業員の双方が移動不要なため、空いている時間帯で柔軟に日程調整できます。
また、ストレスチェックの結果、高ストレス者と判定をされた従業員から面談希望の申し出があった場合、事業者は「申し出から1か月以内」に面談を実施する必要があります。この面談は原則対面ですが、対象者の心身の状態や事業場の状況等を踏まえ、一定の条件を満たしている場合には、情報通信機器(ICT)を活用したオンライン面談での実施も可能です。
そのためオンラインであれば迅速に面談を設定でき、企業にとっても法令遵守の観点から有用性が高いといえます。緊急性の高いケース(メンタル不調の急な相談など)にも、対面より早く対応できる可能性が高まるでしょう。
※参考:労働安全衛生規則 第五十二条の十六(面接指導の実施方法等)
産業医面談をオンラインで実施する2つのデメリット
オンライン産業医面談には多くのメリットがある一方で、デメリットも存在します。導入前に理解しておくべき2つのデメリットを解説します。
デメリット(1)表情や体調の微細な変化が伝わりづらい
オンライン面談では、画面に映る範囲や音声品質に制約があり、微細な変化を捉えにくいという課題があります。画面越しでは、顔色や姿勢、声のトーンなどの微細な変化を把握しづらく、重度の不調を見逃すリスクがあるでしょう。
特にうつ病、不安障害、適応障害、PTSD、自律神経失調症など重度の精神疾患に陥っているケースでは、対面でないと適切な判断が難しい場合があります。このため、初回面談や重要な判断が必要な場面では、対面面談を優先することが推奨されます。
対面面談では、産業医は従業員の顔色、姿勢、歩き方、声のトーン、手の震えなど、言葉以外の情報から体調や精神状態を総合的に判断可能です。
デメリット(2)通信環境やプライバシー確保に課題が残る
オンライン面談では、従業員側の通信環境(Wi-Fi速度、デバイスの性能など)に依存するため、途中で接続が切れたり、音声が途切れたりするリスクがあります。また、自宅から参加する場合、家族が同居していると会話が聞こえてしまい、プライバシーが保護されない可能性があります。
しかしながら企業側は、従業員に対して個室の確保やイヤホンの使用を推奨する必要がありますが、強制はできないため、完全な対策は困難です。せめて次の2点については、事前に対応手順を明確にしておきましょう。
- 通信状況が悪化した場合の代替手段の確保
接続が不安定になった際、電話面談への切り替えや別日程への再設定など、プライバシーを守りながら継続できる代替手段をあらかじめ決めておく
- 面談内容の意図しない記録(録音・録画)の発生リスクへの対応
オンライン面談では、従業員側が無断で録音・録画する技術的可能性があり、センシティブな健康情報が本人以外に漏れるリスクを考慮する。また事前に録音・録画の禁止を明示し、違反時の対応も含めた運用ルールを策定する
このようなプライバシー保護における課題を認識した上での実施が求められるため、通信トラブルやプライバシー問題が発生した場合の対応手順を事前に決めておく必要があるのです。
産業医面談をオンラインで実施するための要件
3つの要件を詳しく解説します。
| 要件 | 概要 |
|---|---|
| 産業医側の要件 | ・事前の労働時間、健康診断結果、ストレスチェック結果などの情報把握 ・プライバシーが保護された面談環境の確保 ・ICTスキルの習得と適切な機器設定 |
| 通信機器の要件 | ・安定した通信環境(有線LAN・高速Wi-Fi推奨) ・通信内容の暗号化などセキュリティ対策 |
| 実施方法の要件 | ・衛生委員会での審議と従業員への周知 |
※参考:情報通信機器を用いた労働安全衛生法第66条の8第1項|厚生労働省
※参考:情報通信機器を用いた産業医の職務の一部実施に関する留意事項等について(◆令和03年03月31日基発第331004号)|厚生労働省
産業医側の要件|事前の情報提供と面談環境の整備
産業医は、面談前に従業員の労働時間、健康診断結果、ストレスチェック結果などの情報提供を受け、事前に把握しておく必要があります。産業医自身も、静かで第三者に会話が聞こえない場所から面談を実施し、プライバシーを保護する環境を整える必要があるでしょう。
また、オンライン面談に必要なICTスキル(ビデオ会議ツールの操作、画面共有など)も習得しておく必要があります。従業員の表情や様子を十分に観察できるよう、カメラの位置や照明にも配慮することが大切です。
通信機器の要件|映像・音声の品質とセキュリティ対策
映像と音声がリアルタイムで双方向に送受信でき、表情や声のトーンが十分に伝わる品質が必要です。通信の安定性が求められるため、有線LANや高速Wi-Fi環境を推奨します。モバイル回線のみでは不安定になるリスクがあるでしょう。
情報セキュリティ対策としては、通信内容の暗号化、アクセス制限、ログ管理などが施されたシステムを使用することが重要です。Zoom、Microsoft Teams、Google Meetなど、企業向けビデオ会議ツールであれば、セキュリティ要件を満たすものが多いでしょう。
実施方法の要件|労働者への周知とプライバシー保護
企業は、オンライン面談を導入する前に、衛生委員会で審議し、導入目的や実施方法について従業員に周知する必要があります。従業員に対して、オンライン面談が選択肢として用意されていることを伝え、希望に応じて対面かオンラインかを選べるようにしましょう。
面談中は、従業員側も産業医側も、第三者に会話が聞こえない環境を確保します。同席者がいる場合は事前に相手に伝えることが必要です。面談内容の記録や保管についても、情報漏洩が起きないよう適切に管理しましょう。
また、オンライン面談では、産業医が労働者の様子から自傷他害のおそれや急変の徴候を把握した場合に備え、緊急時対応体制を事前に整備しておくことも必要です。具体的には、労働者が面談を受けている事業場・その他の場所の近隣の医療機関との連携体制、事業場内の産業保健スタッフや人事担当者への緊急連絡フローなどを整えておきましょう。
オンライン面談では物理的な距離があるため、対面以上に綿密な緊急時対応の準備が求められます。
※参考:情報通信機器を用いた労働安全衛生法第66条の8第1項|厚生労働省
【導入ステップ】産業医面談をオンライン化するアプローチ
産業医によるオンライン面談を導入するためには、計画的なアプローチが求められます。
本項では、以下の具体的な手順に沿って解説していきます。
- 衛生委員会での審議と社内周知
- 産業医との調整と運用ルールの策定
- システム・ツール選定と環境構築
- 従業員への案内・予約受付の開始
衛生委員会での審議と社内周知
オンライン面談の導入にあたり、まず衛生委員会で審議し、従業員に周知しましょう。
衛生委員会では、オンライン面談の導入目的、対象となる面談の種類、実施方法、プライバシー保護の方針などを審議します。審議内容をもとに、社内イントラや全社メールで従業員に周知し、オンライン面談が利用可能であることを伝えましょう。
また、従業員からの質問や不安に対応できるよう、FAQ資料を作成しておくとよいでしょう。従業員の理解と協力を得ることが、導入後のスムーズな運用につながります。
産業医との調整と運用ルールの策定
現在契約している産業医がオンライン面談に対応できるか確認します。対応不可の場合は、オンライン対応可能な産業医への切り替えを検討してください。
産業医が決まったら協議し、どの面談をオンラインで実施するか(長時間労働面談、高ストレス者面談など)、初回は対面にするか、などの運用ルールを策定します。具体的には、面談予約の方法、事前情報の共有方法、面談後の意見書の提出方法なども決めておくことが大切です。産業医との契約内容にオンライン面談の実施条件や費用を明記しましょう。
システム・ツール選定と環境構築
ビデオ会議ツールを選定し、産業医と従業員の双方が利用できる環境を整備しましょう。企業ですでに利用しているビデオ会議ツール(Zoom、Teams、Google Meetなど)を活用するのが最もスムーズです。セキュリティ要件(暗号化、アクセス制限、録画禁止設定など)を満たしているか確認してください。
産業医と従業員の双方に、ツールの使い方マニュアルやテスト接続の機会を提供し、操作方法を習得してもらいましょう。従業員が自宅から参加する場合、個室の確保やイヤホンの使用を推奨する案内を出すことが重要です。
従業員への案内・予約受付の開始
オンライン面談の予約受付を開始し、従業員が気軽に利用できる仕組みをつくりましょう。
産業医面談が必要な従業員(高ストレス者、長時間労働者など)に対して、オンライン面談の案内を個別に送付します。その際、予約方法を明確にする(メール申込、予約システム、人事経由など)ことが大切です。予約システムを導入することで、面談時の必須項目を事前取得が可能となり、面談の効果を最大化できるだけでなく、日程調整の手間が大幅に削減できます。
初回利用者には、接続テストや事前説明の機会を設けると不安を解消できるでしょう。運用開始後も従業員や産業医からのフィードバックを収集し、運用ルールを改善していくことが重要です。
産業医面談をオンラインで実施する際の4つの注意点
前項で解説しましたが、産業医面談オンライン化は多くのメリットをもたらします。しかし、一定のデメリットがあることからも注意点を押さえながら効果的に運用していく必要があります。
ここでは、オンライン面談を運用する上で気を付けておきたいポイントを4つ解説します。
注意点(1)録音・録画の厳禁とルール周知
面談内容の録音・録画は厳禁です。
健康情報は極めてセンシティブな個人情報であり、無断で記録することは個人情報保護法違反や守秘義務違反に該当する可能性があります。面談開始時に、産業医と従業員の双方が「周囲に人がいないか」「会話が漏れない場所にいるか」を相互に確認しましょう。
また、面談前に「録音・録画禁止」のルールを明示し、違反があった場合の対応を社内規程で定めておくことが望ましいです。ビデオ会議ツールの録画機能を管理者側で制限するなど、技術的なルール・対策も検討するとよいでしょう。
注意点(2)通信トラブル発生時の対応手順を事前に決めておく
通信が途切れた場合の再接続方法や、代替手段をあらかじめ決めておきましょう。
具体的には、オンライン面談中に通信が途切れた場合、どのように再接続するか(同じURLに再入室、電話に切り替えるなど)を事前に取り決めておきます。通信トラブルで面談が継続できない場合の対応(日程を改めて設定、電話面談に切り替えなど)も決めておくとよいです。
また、産業医と従業員の双方に、緊急連絡先(電話番号、メールアドレス)を共有しておくと、トラブル時でもスムーズに連絡が取れます。
なお、トラブルが頻発する場合は、システムや通信環境の見直しを検討しましょう。
注意点(3)重度の不調が疑われる場合は対面に切り替える
オンライン面談では、従業員の様子が十分に把握できない場合があるため、産業医が「重度のうつ状態」「PDSD・適応障害の可能性」などを疑った場合は、対面面談への切り替えを検討します。産業医から対面面談が必要と判断された場合、企業は速やかに日程調整を行い、従業員の安全を最優先してください。
また、初回面談や復職判定面談など、重要な判断が必要な場面では、最初から対面面談を選択することも検討しましょう。オンラインと対面を柔軟に使い分けることで、従業員の健康を適切に守れます。
注意点(4)面談内容が漏洩した際の罰則を認識しておく
産業医面談で扱われる健康情報は、法律で厳格に保護されており、漏洩した場合には重大な法的責任が生じます。
労働安全衛生法第104条では、産業医等の健康情報を取り扱う者に守秘義務が課されており、違反した場合は6か月以下の懲役または50万円以下の罰金が科されます。また、個人情報保護法では健康情報は「要配慮個人情報」として特に慎重な取り扱いが求められ、不適切な取扱いや漏洩があった場合、企業は是正勧告や命令を受ける可能性があります。
オンライン面談では対面以上に情報管理のリスクが高まるため、セキュリティ対策の徹底、アクセス権限の厳格な管理、守秘義務の周知徹底が不可欠です。
※参考:労働安全衛生法 第百四条(心身の状態に関する情報の取扱い)
まとめ|産業医面談のオンライン化は実効性の高い選択肢
オンライン産業医面談は、2020年11月から厚生労働省により正式に認められた実効性の高い選択肢です。拠点間の移動コスト削減、従業員の心理的ハードル低減、日程調整の柔軟性向上といったメリットがある一方、表情の変化が伝わりづらい、通信環境に課題があるといったデメリットも存在します。
導入にあたっては、衛生委員会での審議、産業医との調整、システム選定、従業員への周知という4つのステップを踏み、プライバシー保護や通信トラブルへの対応を徹底することが重要です。オンラインと対面を柔軟に使い分けることで、効果的な産業保健活動を実現できます。
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