戦略人事とは?
戦略人事は、企業の経営戦略に沿って人材活用を計画的に進めるアプローチです。単なる労務管理ではなく、人材を経営資源として捉え、採用・育成・配置・評価の一連を戦略的に設計します。
従来の人事が給与計算や労務管理などの管理業務中心だったのに対し、戦略人事は組織の成長と変化に対応できる柔軟な人事体制を目指します。経営戦略の実現に向けて人材を「コスト」ではなく「投資対象」として位置づけ、中長期的な企業価値向上に貢献する人事機能への転換を図るのです。
戦略人事では、人事部門が経営会議に参画し、事業計画の策定段階から人材面での課題や機会を提示します。また、市場環境の変化や競合他社の動向を踏まえながら、自社に必要な人材像を明確化し、計画的な人材獲得と育成を行います。
人事戦略との違い
人事戦略は広く人事全般の方針を示すものですが、戦略人事は特に経営戦略と連動した具体的な人材施策の設計・実行に注力します。戦略人事は組織目標達成のための「成果を出す人事」として、より実践的かつ経営寄りの視点が求められます。
人事戦略が「何をするか」の計画なら、戦略人事は「どう実行するか」の実践といえるでしょう。戦略人事では人事部門が経営の意思決定に積極的に関与し、事業成果に対する責任を負います。また、戦略人事は人事制度や施策の効果を定量的に測定し、継続的な改善を通じて組織パフォーマンスの向上を追求する点で異なります。
具体的には、売上目標達成に必要な営業人材の確保計画を立案したり、新規事業立ち上げに向けた専門人材の獲得戦略を策定したりします。単なる人員計画ではなく、事業戦略の実現可能性を人材面から検証し、必要に応じて経営陣に提言を行うのも戦略人事の重要な役割です。
戦略人事に求められる役割
戦略人事を担う人材には、経営パートナーとしての視点、社員のポテンシャルを引き出すマネジメント力、戦略的な人事制度の設計能力が求められます。
経営パートナーとしては、財務データの読み解きや市場分析、競合調査などのビジネススキルが必要です。人事施策が事業成果にどのような影響を与えるかを定量的に説明し、経営陣と対等に議論できる能力が不可欠となります。
社員のポテンシャル開発においては、個々の能力や適性を見極め、適材適所の配置を行う洞察力が重要です。また、組織全体のモチベーション向上や、変革を推進するリーダーシップも求められます。
戦略的な制度設計では、経営戦略に沿った評価制度や報酬体系の構築、キャリア開発プログラムの設計などを担います。制度の運用だけでなく、継続的な改善と進化を図る変革マインドも欠かせません。
戦略人事が注目されている背景
デジタル化、グローバル化、働き方の多様化により企業を取り巻く環境が変化し、従来の人事業務では対応困難な課題が増えています。人材を競争優位の資源として活用する重要性が高まり、戦略的な人事機能への転換が急務となっています。
事業環境の変化スピードが加速する中、人材の流動性向上や価値観の多様化に伴い、人事は単なる管理業務から組織変革の推進役へと役割が拡大しました。経営環境の変化に迅速に対応できる組織づくりが求められ、人事の戦略的重要性が高まっている状況です。
変化の激しい経営環境で人事の役割が拡大
企業が直面する人事課題の深刻さは、各種調査データからも明らかです。
リクルートが2023年3月に実施した人材マネジメント調査(2,761人対象)によると、全体の6割にのぼる企業が「事業戦略やビジネスモデルを変化させる必要がある」と回答しています。また、同調査において、「61.5%の企業が人事制度や雇用慣行を変える必要性を感じている」との結果も明らかになっていることからも、人事の役割が拡大していることが分かります。
さらに注目すべきは、3年前と比較して人事管理や人材活用の難易度が高くなったと答えた企業が3割を超えていることです。労働力人口の減少や変化が激しいビジネス環境の中で、企業経営の根幹を支える人事制度の抜本的な見直しが急務となっています。
また、国内最大級の人事ポータルサイト「日本の人事部」が毎年実施している調査からも人事の役割が拡大していることが読み取れます。約6,100社を対象に実施された「人事白書2025」において戦略人事が機能していない要因として「人事部門のリソース不足」との回答が約55%と高く、5年前の調査と比較しても9ポイント上昇する結果となっています。
※参考:株式会社リクルート「企業の人材マネジメントに関する調査2023 人事制度/人事課題編」
※参考:株式会社HRビジョン「日本の人事部 人事白書 2025」
人材を経営資源として活用する必要性の高まり
経営戦略において、人材は競争優位性を左右する重要な「経営資源」であり「投資対象」としての位置づけへと変わっています。
この変化として、近年注目される「人的資本経営」が象徴的です。特に日本では、2023年3月期決算から大企業に対して人的資本の情報開示が義務化されたことにより、人材への投資状況を客観的に示す必要性が生じています。ステークホルダーに対して、企業が人材の価値を高め、いかに活用しているかを示すためにも重要な取り組みといえるでしょう。
また、知識集約型経済への移行が進む中、イノベーションや顧客価値の向上、事業成長に欠かせないものが「人材」です。優秀な人材の確保や能力開発へ投資し、ROI(投資対効果)を最大化することが重要であることからも、戦略人事の必要性が高まっているといえるでしょう。
※参考:経済産業省「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」
“ジョブ型雇用”や多様な“はたらき方”の普及への対応
近年、広まりつつある「ジョブ型雇用」や副業・フリーランスといった“はたらき方の多様化”も戦略人事が注目される要因です。
個人のスキルや専門性を重視するジョブ型雇用では、社員の役割・責任範囲が明確に定まっているため、評価制度や報酬体系の整備が必要です。また、副業やフリーランスといった働き方が普及することで、企業は正規雇用者以外の労働力を容易に活用することが可能となりました。
加えて、リモートワークも定着し時間や場所にとらわれないフレキシブルな働き方が当たり前になりつつあります。企業にとって人材確保の選択肢を広げる一方で、人事制度の複雑化、管理難易度の高度化が課題となるため、戦略人事の推進が求められるといえるでしょう。
戦略人事は「採用」を起点に始めるべき
戦略人事の実現において、採用は組織の基盤となる最重要プロセスです。採用での人材要件定義や選考設計が、その後の育成・評価・配置のすべてを決定するため、戦略人事は採用から始めることで最大の効果を得られます。
採用が組織成長の基盤
組織の成長は適切な人材の確保から始まります。採用は単なる人員補充ではなく、組織の未来を決定する戦略的投資です。質の高い人材を適切なタイミングで確保できるかが、事業計画の実現可能性を左右します。
採用で妥協すると後続の教育や管理にコストがかかり、組織全体のパフォーマンスに長期的な悪影響を与える可能性が高くなります。優秀な人材の獲得は組織の知識・スキル・文化の向上につながり、既存メンバーの成長と組織全体の競争力強化を促進します。また、適切な採用により組織のダイバーシティが向上し、イノベーション創出力も高まります。
特に成長段階にある企業では、初期メンバーの質が企業文化の形成に大きく影響します。優秀な人材が優秀な人材を呼び、組織全体のレベルアップが加速度的に進む好循環を生み出すことができるのです。
人材要件の明確化が成果のカギ
曖昧な人材要件では適切な候補者を見極められず、採用後のミスマッチが発生してしまいます。求める能力、経験、価値観を具体的に定義し、選考基準として明文化することが重要です。明確な要件が採用成功率を大幅に向上させます。
人材要件は事業戦略や組織課題から逆算して設定し、現場の意見も取り入れながら継続的にブラッシュアップする必要があります。単なるスキル要件だけでなく、組織文化への適合性、成長ポテンシャル、価値観の一致も含めた多面的な要件定義が求められます。明確化された要件により、採用担当者間での評価基準の統一が図られ、客観的で公正な選考が実現できます。
また、人材要件の明確化は候補者にとってもメリットがあります。求められる役割や期待値が明確になることで、入社後のギャップを防ぎ、早期戦力化を促進できるのです。
採用設計が後続プロセスを左右する
入社後を見据えた採用設計が、その後の配置、教育、評価、昇進の基準となります。採用段階での期待値設定や役割明確化が不十分だと、オンボーディングや人材育成で問題が発生してしまいます。採用は人材マネジメント全体の起点となる重要な設計段階なのです。
採用時に描いたキャリアパスや成長イメージが実現できる組織体制を整備することで、採用した人材の定着と活躍を促進できます。また、採用時の評価項目や基準は、その後の人事評価制度とも連動させることで、一貫した人材マネジメント体系を構築できます。採用設計の質が組織全体の人材活用効率を決定する重要な要素となります。
入社前から入社後まで一貫したメッセージとサポートを提供することで、新入社員の不安を解消し、組織への適応を加速させることが可能です。採用段階での丁寧な設計が、長期的な人材定着と成長に直結するのです。
戦略人事の実現には採用戦略の見直しが必要
戦略人事の実現には、経営戦略と連動した採用戦略の抜本的な見直しが必要です。人材要件の明確化、選考プロセスの再構築、現場との連携強化、入社後の定着まで一貫した設計が成功の鍵となります。
経営戦略から落とし込んだ人材要件の明確化
事業目標や競争戦略を実現するために必要な人材像を具体的に定義します。経営層のビジョンを人材要件に翻訳し、求める能力やスキルを明確化することで、戦略的な採用が可能になります。
中長期的な事業計画を踏まえ、将来的に必要となる人材も見据えて要件を設定することが重要です。単なるスキルマッチングではなく、組織文化への適合性、成長ポテンシャル、価値観の一致も含めた多面的な要件定義が求められます。経営戦略との整合性を保ちながら、実現可能で測定可能な人材要件を策定することが採用成功の前提条件となります。
具体的には、3年後の売上目標から逆算して必要な営業人材数と質を算出したり、新規事業の立ち上げに必要な専門スキルを洗い出したりします。経営戦略の実現に向けたマイルストーンごとに、どのような人材がいつまでに必要かを明確にすることで、計画的な採用活動が可能になります。
選考プロセスの再構築
従来の面接中心の選考から、人材要件に基づいた多面的な評価手法へ転換します。行動面接、ケーススタディ、実技試験など、職務遂行能力を適切に測定できる選考方法を導入することが重要です。
選考段階ごとに評価観点を明確化し、複数の評価者による客観的な判断を行う体制を構築します。候補者の潜在能力や将来性も見極められるよう、構造化面接や行動特性評価を活用します。候補者体験も重視し、企業ブランディングにも配慮した選考プロセスの設計により、優秀な人材の獲得と早期離職の防止を両立させることができます。
また、選考プロセスの各段階で得られた情報を蓄積し、採用後のパフォーマンスと照らし合わせることで、選考手法の精度向上を図ることも重要です。データに基づいた継続的な改善により、より効果的な選考プロセスを構築できます。
現場を巻き込んだ人材要件のすり合わせ
人事部門だけでなく、実際に一緒に働く現場マネージャーや既存メンバーの意見を取り入れて人材要件を精緻化します。現場の業務実態や組織風土を踏まえた現実的な要件設定を行うことが成功の秘訣です。
定期的に現場との対話の場を設け、採用後の振り返りも含めて継続的に人材要件をアップデートする体制を構築します。現場の納得感と協力を得ることで採用成功率を向上させることができます。また、現場マネージャーに採用プロセスに参画してもらうことで、採用決定への当事者意識を高め、入社後のフォローアップも効果的に行えます。
現場との連携では、単に要件を聞くだけでなく、なぜその要件が必要なのか、どのような成果を期待するのかまで深く掘り下げることが重要です。現場の課題や将来のビジョンを理解することで、より戦略的な人材要件を設定できるようになります。
オンボーディング・定着まで含めた視点を持つ
採用活動を入社決定で終わらせず、入社後の早期戦力化と長期定着まで一貫して設計します。入社前の期待値調整、入社後のサポート体制、メンタリング制度などを採用段階から計画することが重要です。
新入社員の不安解消と組織適応を促進する仕組みづくりが必要です。90日・180日・1年といった節目での定期的なフォローアップを実施し、早期離職の兆候を察知して適切な対策を講じます。採用から定着までのプロセス全体を最適化することで、投資対効果の高い採用活動を実現し、組織の生産性向上に貢献できます。
特に重要なのは、入社前から入社後まで一貫したコミュニケーションを維持することです。採用時に約束した成長機会やキャリアパスを確実に提供し、期待値との乖離を防ぐことで、長期的な定着と活躍を実現できます。
戦略人事を推進するために必要な4つの要素
戦略人事の実現には、経営層のコミットメント、現場との連携、専門人材の確保、データドリブンな管理体制の4つの要素が不可欠です。組織全体での取り組みとして推進する必要があります。
人事部門単独では限界があり、経営層の強力なリーダーシップと現場マネージャーの協力なしには戦略人事は機能しません。また、高度な専門性を持つ人材と、施策の効果を定量的に測定・改善できるデータ基盤の整備も必須です。これらの要素が有機的に連携することで、持続可能な戦略人事体制を構築できます。
要素(1)経営層の理解とコミットメントを得る仕組みづくり
戦略人事の推進には経営トップの強いコミットメントが不可欠です。人材投資の重要性と効果を経営層に継続的に伝える仕組みを構築し、経営層の関与を促進することが重要です。
定期的な報告会や経営会議での人事課題の議論を通じて、経営層の当事者意識を醸成します。人事施策の成果を定量的に示し、事業成果との関連性を明確化することで経営層の理解と支援を獲得できます。また、人事担当役員の設置や人事委員会の開催など、組織的な意思決定体制を整備することも重要です。
なお経営層との対話では、人事施策がどのように事業価値創造に貢献するかを具体的に説明することが求められます。投資対効果を明確に示し、戦略人事が企業の競争優位につながることを継続的に伝えていくことが成功の鍵となるでしょう。
要素(2)現場マネージャーを巻き込む連携体制
人事制度の実効性を高めるためには、現場マネージャーとの緊密な連携体制の構築も必要な要素として挙げられます。例えば、マネージャー向けの人事制度研修や定期的な情報共有の場を設けることが重要です。
また現場の課題や要望を人事施策に反映するために、双方向のコミュニケーション体制を整備しましょう。マネージャーが人事施策を現場で適切に運用できるよう、継続的な支援と指導を行います。同時にマネージャー向けに人材マネジメント能力向上のための研修プログラムも提供し、組織全体の人材活用力を底上げします。
現場マネージャーは戦略人事の成功において重要なキーパーソンです。人事制度の意図や背景を理解してもらい、現場での実践をサポートすることで、制度の効果を最大化できます。
要素(3)戦略人事の推進チーム・組織や担当者の配置
戦略人事を進めるうえで、専門知識とスキルを併せ持つチーム・組織や人材の配置も重要です。具体的には、経営戦略の理解、データ分析能力、制度設計スキルを備えた専門人材による組織構築や人事企画、人材開発、組織開発などの機能を統合した戦略人事組織の編制などが挙げられるでしょう。
同時に、社内の人材のスキルアップや社外リソース(専門家やコンサルタント)の活用も含めて組織編制を進めることで、戦略人事を担える体制を段階的に強化することができます。
また「人材版伊藤レポート2.0」において『経営戦略と人材戦略の連動に関する責任者を明確にすることが、両戦略を連動させるための第一歩となる。』と示されているようにCHRO(最高人事責任者)の設置や、事業部門との人材交流により、経営と人事の橋渡し役となる人材を育成することも重要です。
戦略人事の専門組織では、従来の人事業務とは異なるスキルセットが求められるため、ビジネス感覚、データ分析力、変革推進力などを兼ね備えた人材の確保と育成が成功の前提条件となる点を押さえておきましょう。
※参考:人材版伊藤レポート2.0
要素(4)データ活用・KPI管理の仕組みづくり
人事施策の効果測定と改善のためのデータ収集・分析体制の構築も重要な要素となります。
ポイントは採用、教育、評価、定着などの各プロセスでKPIを設定し、定期的にモニタリングすることです。データに基づいた意思決定を行うための分析ツールや報告体制を整備しましょう。人事データと事業データを連携させ、人材投資のROIを可視化する仕組みづくりで戦略人事の効果を定量的に管理します。
また、ピープルアナリティクスの活用により、人材の配置最適化や離職予測などの高度な分析も実現し、より精度の高い人事戦略を立案できます。単にデータ・数値を集計するだけでなく、そこから得られる示唆を施策の改善につなげることが重要となるため、継続的なPDCAサイクルを回すことで、戦略人事の効果を最大化できるのです。
まとめ:要素を押さえ、戦略人事を効率的に進めましょう
戦略人事は経営戦略実現のための重要な手段であり、特に採用を起点とした人材マネジメントの再設計が鍵となります。経営層のコミットメント、現場との連携、専門的な推進体制、データに基づく管理が成功の条件です。
変化の激しい経営環境において、人材を競争優位の源泉として活用するためには、従来の人事業務からの抜本的な転換が必要です。採用戦略の再設計を起点に、組織全体で戦略人事に取り組むことで、持続的な企業成長と組織パフォーマンス向上を実現できます。継続的な改善と組織学習を通じて、より高度な戦略人事体制を構築していくことが重要です。
戦略人事への転換は一朝一夕には実現できませんが、採用から始めることで確実な第一歩を踏み出すことができます。人材を「コスト」ではなく「投資」として捉え、経営戦略と連動した人材マネジメントを実践することで、組織の競争力を飛躍的に向上させることが可能になるのです。
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