AI導入企業における“不都合な真実”──利用率と効果の視点
PwCコンサルティング合同会社が、売上500億円以上の日本企業・組織の従業員を対象に行った『生成AIに関する実態調査2024 春』によると、社内外で生成AIを活用していると答えた割合は約4割、推進・検討中の回答を合わせると約9割にのぼっており、生成AI導入に対する関心の高さがうかがえます。
その背景にあるのは、“業務効率化”への期待です。
デロイト トーマツ グループ合同会社がプライム市場に所属している売上1000億円以上の企業の部長クラス以上、1,200名を対象に実施した『プライム上場企業における生成AI活用の意識調査』によると、生成AIの活用目的は企業規模や業界を問わず「業務の効率化」が圧倒的で、全体の約77%にのぼっています。
そして同調査によれば、生成AIの利用割合が高いほど、社内での意思決定スピードの向上を実感する傾向にあることがわかります。
引用元:
『デロイト トーマツ、プライム上場企業における生成AI活用の意識調査~社内の利用割合が高いほど成果を感じる』
(2024年5月30日、デロイト トーマツ グループ合同会社)
しかし同時に同調査では、生成AIの利用割合が低く、変化を感じられていない企業が多いことも明らかになっています。
生成AIを利用する社員が半数未満だと答えた人は、全体の約7割にのぼり、さらにその約8〜9割が意思決定スピードは現時点で変化していないと回答しているのです。
引用元:
『デロイト トーマツ、プライム上場企業における生成AI活用の意識調査~社内の利用割合が高いほど成果を感じる』
(2024年5月30日、デロイト トーマツ グループ合同会社)
このような事象は、生成AIのみならずAI全般にも認められます。
すなわち、AIを導入する企業は増えているものの、導入後の利用率と導入効果に差が生じてきたのです。
これはAIが決して「魔法の杖」ではなく、導入したところで、必ずしも業務を効率化できるわけではないことを示唆していると言えるでしょう。
では、AI導入後に利用率が上がって効果を感じている企業と、そうでない企業は何が違うのか。
そのヒントは、業務プロセスを最適化する「ビジネスプロセスデザイン」にあります。
なぜAIを使ってくれない? 経営陣やDX担当者が陥りやすい罠
なぜAIを導入しても、利用する社員は増えないのでしょうか。
企業によって理由はさまざまですが、筆者の経験からは「AIをどこの業務に、どのように使うかが定まっていない」ことが最大の要因と考えます。
たとえば経営陣やDX推進部門は、「現場で生まれるユースケースを横展開したい」と考え、
AIを導入した後は意識の高い社員たちが利用してくれるのを待つ傾向にあります。
しかし肝心の現場では、現状のやり方を変える必要性を感じていないため、利用に至らないケースが少なくありません。
現場の社員たちにとって、AIは「あったら便利」ではあっても「なくてはならない」ものではないからです。
これはWeb会議ツールが、それを利用しないとWeb会議が成立しないという意味で、100%の強制力をもっていることとは対照的だと言えるでしょう。
このように「AIが現場の業務にフィットしていない」あるいは「AIが業務にフィットしていることを、現場が理解できていない」状況を打開するには、まず業務ごとにAIの利用方法を指定する必要があります。
とある先進企業の例を見てみましょう。
この企業は、外部の専門家の協力を得ながら、生成AIの活用に“適している業務”と“適していない業務”に振り分けた上で、プロンプトの作り方に関する現場社員向けの研修を実施。
現場社員が自ら、外部の専門家に相談しながらプロンプトを作成していくための環境を整えました。
その上で最終的には、各業務のタスクに対応できるプロンプトを策定。
「このタスクは、このプロンプトを使用すれば効率化できる」という認識を現場社員が自ら共有できたことで、生成AIの利用率が大きく向上したのです。
図:生成AI基礎研修のイメージ
とはいえ上図のような状態は、決して「AI導入のゴール」ではありません。
既存のタスクをAIに代替させるだけでは、大きな業務改善インパクトは出せず、逆に手間が増える可能性もあります。
たとえば、議事録作成のAIツールを導入したケースを想像してみてください。
たしかに議事録を作成する作業時間そのものは減るでしょうが、作成した議事録の保存・共有といった前後の作業はそのままです。
むしろ、これまで利用していたツールを用いて議事録の作成や保存・共有をしていた場合、新たにAIツールを導入することでツールを跨いだ“つぎはぎの作業”が必要になり、新たな工数が発生することすらあり得ます。
つまり、AIによって局所的かつ部分的に省力化していくほど、かえって現場の負担が増えかねません。
「業務プロセスの見直し」ではなく、工数を“ゼロにする”方策を
現場の負担を最小限に抑えつつ、AIを最大限に活用していくためには、何が必要でしょうか。
最も大切なことは、一部のタスクを切り取って代替するのではなく、業務プロセス全体を見直して効率化するという「ビジネスプロセスデザイン」の視点です。
そして筆者は、ここから一歩踏み込んで業務プロセス自体をなくす「ゼロ化」を重視しています。
部分的な省力化によって、一連の業務プロセスの工数を“減らす”ことが従来のAI活用の姿だったとすれば、
一連の業務プロセスをすべて代替させ、工数を“ゼロにする”ことが「ゼロ化」の狙いです。
図:業務プロセス「ゼロ化」のイメージ
A社という「営業の効率化」を目指し、AIを活用する企業を例に挙げて考えてみましょう。
これまでの部分的な省力化を目指したAI活用では、商談の議事録作成をAIに代替させることで、1商談あたり10分の議事録作成時間を1ヵ月で15回(6人分)、つまり1ヵ月あたり900分の工数削減の効果を上げられるでしょう。
一方、ゼロ化を目指してAIを適用した場合はどうでしょうか。
まずはAIで商談の議事録を作成するための全社的なオペレーションを設定した上で、SFA(営業支援システム)への入力作業を自動化し、各プロセスがシームレスにつながるような仕組みを整えます。
この時点で既に削減工数は、単に議事録作成をAIに代替させたときの倍にあたる1,800分を見込めます。
その後、SFAのレポーティング作業の自動化にも取り組むことで、工数をゼロに近づけていきます。
つまり単にAIを部分適用するのではなく、「人の介在するポイントを限りなくゼロに近づける」という視点を持てるか否かで、AI導入の効果は大きく変わってくるのです。
また、ゼロ化の視点を持つことによって定量的な成果だけでなく、定性的な成果を上げた事例もあります。
B社では、商談の録画データを活用し、議事録の作成と営業解析の自動化に着手。
これまで商談の同席者が感覚的かつ主観的に営業人材を評価していましたが、自動化後には論理的かつ客観的に評価できるようになり、暗黙知化していたベストプラクティスを形式知化できました。
このとき単に議事録作成をAIに代替させるという視点ではなく、ゼロ化の考え方をベースとして「営業プロセスへのAIの適用」という視点で捉えることで、プロセス全体にわたり業務効率化を実現できたのです。
従来の単なる「AIを使ったタスク遂行」と、ゼロ化が目指す「AIを用いた業務プロセスの構築」には大きな違いがあるのです。
なお、前述したようなゼロ化の考え方には、下図のような4つの要素が必要となります。
図:生成AI活用で重要な4つの要素
ゼロ化の実践においては、まずAIを活用して業務プロセス全体のゴールを明確にする、「目的設定」をしなくてはなりません。
それに基づいてITインフラやセキュリティ対策、UI/UXなどの基盤を整える「環境構築」に取り組んでいきます。
そして先述したように業務プロセス全体を見直し、目的に沿った“真に必要な業務”を見極めることが肝要です。
ここで初めて、業務プロセスにAIを組み込んでいく「業務適用」に着手しましょう。
加えて、最後に忘れてはいけないのが「人材育成」です。
AIはあくまでもツールであり、業務遂行者(≒現場担当者)のスペックを凌駕する存在ではありません。
言い換えれば、AIは単独で業務を効率化するのではなく、業務遂行者のノウハウやナレッジとかけ合わせることで、初めて価値を生み出せます。
だからこそ、誰よりも業務を知っている現場社員自らがAIリテラシーを高め、AIを活用することが大切なのです。
AIに詳しい外部の専門家ですら、現場社員の代わりを務めることはできません。
とはいえ、すべてを自社だけで完結することに難しさがあることも事実でしょう。
外部の専門家を上手に活用することで、AIを最大限活用していくためのノウハウも存在します。
そこで次回は、外部の専門家と社員の役割分担、外部の専門家を最大限に活用するための方法について解説していきます。