「静かな採用とは」?導入メリットや「静かな退職」との違いも解説

「静かな採用とは」?導入メリットや「静かな退職」との違いも解説

人材獲得競争が激化し、予測不能な経済状況が続く現代において、企業は常に「いかにして優秀な人材を確保し、組織の生産性を高めるか」という命題に直面しています。しかし、外部からの新規採用はコストや時間がかかる上、ミスマッチのリスクも伴います。

こうした背景から、今、人事戦略の新たな潮流として「静かな採用(Quiet Hiring)」が注目を集めています。多くの方が耳にするようになった「静かな退職」とは対極に位置する、ポジティブな人材戦略です。

本記事では、この「静かな採用」が具体的に何を意味するのか、企業にどのような導入メリットをもたらすのか、そして「静かな退職」との決定的な違いなどを解説します。


目次

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    静かな採用とは?「静かな退職」との違い

    静かな採用と静かな退職の概念図 (45018)

    近年、「静かな採用」という言葉が急速に浸透してきました。この概念を正しく理解することは、現代の人材戦略を構築する上で不可欠です。

    1-1. 静かな採用の定義

    「静かな採用(Quiet Hiring)」とは、企業が外部から新たな正社員を雇用することなく、既存の従業員に新しいスキルや能力を身につけさせたり、異なる役割やプロジェクトを付与したりすることで、組織に必要なスキルや人材を確保し、組織力を最大化する戦略を指します。

    調査会社ガートナーが2023年のワーク・トレンド・レポートで提唱したことで、広く知られるようになりました。 この戦略には、具体的に以下のようないくつかの方法が含まれます。

    • 社内異動・配置転換: 既存の従業員を、現在とは異なる部署やポジションに配置し、新たな役割を担ってもらうことで、必要な人材を社内でまかなう方法です。
    • リスキリング・アップスキリング: 従業員が新たなスキル(リスキリング)や、現在のスキルをさらに向上させる(アップスキリング)ための教育機会を提供し、将来的に必要となる業務に対応できるように育成します。
    • 短期契約社員の活用: 正社員の新規雇用ではなく、特定のプロジェクトや期間限定の業務に対して、短期間の契約社員やフリーランスを雇用するケースも「静かな採用」に含まれることがあります。

    静かな採用の目的は、限られたリソースの中で組織の柔軟性を高め、変化するビジネスニーズに迅速に対応することにあります。特に、職種を限定する「ジョブ型採用」が主流の欧米で注目されている一方で、日本の企業においては、従来から行われてきた「人事異動」や「ジョブローテーション」の概念に近い側面も持っています。

    この点に関して、日本の企業が長年培ってきた「ゼネラリスト育成」の文化は、「静かな採用」をスムーズに導入する上で大きなアドバンテージとなり得ます。社員が複数の部署を経験し、多様なスキルを身につけてきた歴史は、まさに「静かな採用」の理想を体現するものです。この文化に現代的な視点、すなわち「戦略的なスキルギャップ分析」と「個々のキャリア志向への配慮」を加えることで、日本の企業は世界に先駆けてこの新潮流を成功させることができるでしょう。

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    1-2. 「静かな退職」との違い

    静かな採用」を理解する上で、しばしば混同されがちなのが「静かな退職(Quiet Quitting)」という概念です。両者は言葉こそ似ていますが、その意味と目的は全く異なります。

    「静かな退職」とは、従業員が実際に退職するわけではないものの、仕事に対する意欲や熱意を失い、与えられた必要最低限の業務だけを淡々とこなす働き方を指します。これは、過度なストレスやバーンアウト(燃え尽き症候群)を避けたり、ワークライフバランスを重視したりする中で選択されることがあります。

    一方、「静かな採用」は、この「静かな退職」の対極に位置する、従業員のエンゲージメントと成長を積極的に促すためのポジティブな人材戦略です。企業が従業員に新たな学びや挑戦の機会を提供することで、仕事へのやりがいを高め、主体的な貢献を促し、結果的に離職を防ぎ、定着率を向上させることを目指します。

    このように、「静かな退職」が従業員の意欲低下という現象を指すのに対し、「静かな採用」は企業が主体的に従業員の能力を引き出し、組織を強化するための施策である点で大きく異なります。

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    静かな採用が注目される理由

    静かな採用」が世界中で、特に日本でも注目を集めている背景には、現代の企業が直面する複数の深刻な課題があります。

    2-1. 採用コスト高騰と人材不足の深刻化

    多くの企業が、必要なスキルを持つ人材の獲得に苦慮しています。競争の激しい雇用環境に加え、少子高齢化による労働人口の減少は、この課題をさらに深刻化させています。

    • 高まる採用コストと時間: 新しい正社員を外部から採用するためには、求人広告費、エージェント手数料、採用イベント費用など、多大なコストと時間がかかります。相応の費用と時間をかけたとしても、求めるスキルを持った人材を確実に採用できる保証はありません。
    • 景気後退と予算の制約: 景気後退が続く中で、多くの企業は経費削減を迫られており、人材派遣に充てる予算も減少傾向にあります。このような状況下で、費用対効果の高い人材確保策として「静かな採用」が注目されています。
    • ミスマッチのリスク: 外部採用の場合、入社後のミスマッチによる早期離職は、企業にとって大きな損失となります。一度発生すると、採用コストが無駄になるだけでなく、既存社員のモチベーション低下にもつながりかねません。

    2-2. 予測不能なビジネス環境と求められるスキル変革

    現代のビジネス環境は、デジタル技術の進化やグローバル化の加速により、目まぐるしく変化しています。

    • DX(デジタルトランスフォーメーション)の加速: AI、IoT、ビッグデータなどの技術がビジネスに不可欠となる中で、これらの新しい技術に対応できる人材が喫緊に求められています。特にサイバーセキュリティのような専門性の高い分野では、外部からの採用が非常に困難であり、既存社員のスキルアップが解決策となることがあります。
    • 組織の俊敏性(アジリティ)の必要性: 変化の速い市場で競争力を維持するためには、企業は迅速に新しい事業やプロジェクトを立ち上げ、既存の事業モデルを柔軟に変化させる必要があります。そのためには、社員が多様なスキルを持ち、柔軟に配置転換できる組織体制が不可欠です。

    2-3. 従業員エンゲージメント低下への対抗策

    前述の「静かな退職」が蔓延することは、組織全体の生産性低下や成長の停滞を招きます。

    日本企業の従業員エンゲージメントは、国際的に見ても極めて低い水準にあるという調査結果が複数出ています。例えば、米国の調査会社ギャラップ社が実施した世界の職場の現状:2024年版レポートでは、従業員エンゲージメントの割合はわずか6%にとどまり、世界で最もエンゲージメントの低い国の一つという厳しい結果が出ています。

    このような状況下で、従業員の仕事への熱意やコミットメントを向上させることは、企業の喫緊の課題です。

    静かな採用」は、従業員に新たなスキル習得やキャリアアップの機会を提供することで、仕事へのモチベーションやエンゲージメントを高める効果が期待できます。新しい役割や責任を与えることは、従業員の潜在能力を引き出し、自己成長を実感させる重要な手段となります。

    このように、外部採用の難しさ、変化への対応、そして従業員エンゲージメントという複合的な課題に対応する戦略として、「静かな採用」が大きな注目を集めているのです。

    静かな採用が企業にもたらす具体的な4つのメリット

    静かな採用」は、企業が直面する様々な課題を解決し、持続的な成長を可能にするための多岐にわたるメリットをもたらします。

    •  採用コスト・時間の削減と柔軟な人材配置
      静かな採用」の最も直接的で大きなメリットは、新規採用にかかるコストと時間の削減です。新たに正社員を雇用する際には、求人広告費、エージェント手数料、採用イベント費用など、多額の費用が発生します。静かな採用ではこれらの費用が発生しないため、人材獲得の費用対効果を大幅に高めることができます。
    • 従業員のスキルアップと生産性向上
      既存社員の能力を最大限に引き出すことは、組織全体のパフォーマンス向上に直結します。従業員に新たなスキルを習得する機会を提供することで、個人の能力が向上し、結果として組織全体のスキルレベルが底上げされます。特に、デジタル化やAIの活用が進む現代において、従業員のスキル変革は企業の競争力を維持・強化する上で不可欠です。新しい役割や責任を担うことで、従業員は自身の仕事の幅を広げ、多角的な視点を持つことができ、個々の生産性が向上します。
    • エンゲージメント向上と定着率改善
      成長機会の提供は、従業員のモチベーションと企業への愛着を育みます。従業員にとって、社内で新たなスキルを習得し、異なる業務に挑戦できることは、キャリアアップへの強い動機付けとなります。これにより、仕事に対する意欲や熱意が高まり、自己実現の機会を得たと感じることができます。従業員が自身の成長を実感し、企業から正当に評価されていると感じることで、離職を検討する理由が減り、結果的に定着率の向上が期待できます。
    • 4. ダイバーシティ&インクルージョンへの貢献
      静かな採用」は、多様な人材の潜在能力を引き出す上でも有効です。社内に存在する、まだ顕在化していないスキルや才能を持った従業員を発掘し、活躍の機会を与えることができます。これは、多様なバックグラウンドを持つ従業員が、それぞれの強みを活かせるインクルーシブな組織文化を醸成することにも貢献します。

    これらのメリットを最大限に享受するためには、後述する導入のステップと注意点を踏まえることが重要です。

    静かな採用導入における3つの課題と解決策

    静かな採用の課題を示すイメージ

    静かな採用」は多くのメリットをもたらす一方で、導入にあたってはいくつかの課題と注意点が存在します。これらを事前に理解し、適切な対策を講じることが成功の鍵となります。

    4-1. 従業員の不満・抵抗のリスク

    静かな採用の実施は、時に従業員の不満や抵抗につながる可能性があります。

    • 業務負担の増加と不公平感: 新しい役割やスキル習得が、既存業務に追加される形で一方的に課せられた場合、従業員は業務負担の増加や、特定の個人に仕事が集中することによる不公平感を感じる可能性があります。これはモチベーションの低下や、最悪の場合「静かな退職」の加速にも繋がりかねません。
    • 専門外業務への不安: 自身の専門外の業務への異動や、全く新しいスキルの習得を求められることに対して、従業員が不安や抵抗を感じる場合があります。
    • 「業務の押し付け」への懸念: 企業側の意図が十分に伝わらず、単なる「人手不足の解消」や「業務の押し付け」と受け取られてしまうと、従業員の不信感を招くことになります。

    これらの課題を克服するためには、企業は従業員の視点に立ち、丁寧なコミュニケーションと体系的な仕組み作りを行うことが求められます。

    4-2. 適切なスキルギャップ分析と育成計画の必要性

    静かな採用を効果的に進めるためには、現状と未来のスキルニーズを正確に把握し、計画的に育成を進めることが不可欠です。

    • スキルギャップの特定不足: 組織が現在保有するスキルと、将来的に事業戦略上必要となるスキルの間に存在するギャップを正確に分析できなければ、的外れな人材配置や育成計画となり、効果は限定的になります。
    • 場当たり的な育成: 短期的なニーズに基づいて場当たり的に育成を行うだけでは、従業員の体系的なスキルアップにはつながりません。長期的な視点に立った、戦略的かつ継続的な育成計画が求められます。

    4-3. 公平な評価制度と適切な報酬・サポート

    従業員が新しい役割やスキルに対して意欲的に取り組むためには、それに見合った評価とサポートが不可欠です。

    • 評価制度の不備: 新しい業務やスキル習得に対する評価基準が不明確であったり、従来の評価制度では十分に評価されなかったりする場合、従業員の努力が報われないと感じ、不満につながります。
    • 報酬・待遇への反映: 業務内容や責任範囲が拡大したにもかかわらず、それが報酬やキャリアパスに適切に反映されない場合、従業員のモチベーションは低下します。
    • サポート体制の不足: スキル習得のための研修機会や、新しい業務に取り組む上でのメンター制度、相談窓口といったサポート体制が不十分だと、従業員は孤立感を感じ、挫折しやすくなります。

    静かな採用を成功に導く実践的な5つのステップ

    静かな採用の成功ステップを示すイメージ

    静かな採用」を単なる流行で終わらせず、組織の持続的な成長に繋げるためには、戦略的かつ従業員に寄り添ったアプローチが不可欠です。ここでは、成功に導くための実践的なステップをご紹介します。

    5-1. 業務可視化ツールによるスキルとニーズの把握

    静かな採用を成功させるための第一歩は、データに基づいた客観的なスキルギャップ分析を行うことです。 人事担当者によるヒアリングや面談だけでは客観性に乏しいため、業務可視化ツールの活用が有効な手段となります。

    • 現状の可視化: 従業員がどの業務にどれくらいの時間を費やしているか、どのようなツールを使っているかをデータで客観的に把握します。
    • 潜在スキルの発見: 日常業務のデータから、個々の従業員の埋もれた才能や潜在的なスキルニーズを発見できます。
    • 戦略的な人材配置: データに基づいて、特定のスキルを持つ従業員を新しいプロジェクトに抜擢するといった、戦略的な人事配置が可能になります。

    このように、業務可視化ツールは静かな採用の強固な土台を築きます。

    5-2. 戦略的な育成計画の策定と実行

    ギャップが明確になったら、それを埋めるための具体的な育成計画を立て、実行に移します。

    • リスキリング・アップスキリングプログラムの設計: 特定したスキルギャップを埋めるための効果的な育成プログラムを設計します。これには、社内研修、Eラーニング、OJT(On-the-Job Training)、外部セミナーへの参加支援などが考えられます。
    • 個々人に合わせたプラン: 画一的なプログラムではなく、従業員個々の能力やキャリア志向、現在の業務負担などを考慮し、パーソナライズされた学習プランを提供することが効果的です。
    • 学習時間の確保: 従業員が新しいスキル習得に集中できるよう、業務時間の一部を学習に充てることを認めたり、適切な業務量の調整を行ったりするなど、企業として学習環境を整えることが重要です。

    5-3. 公平な人事評価制度とキャリアパスの整備

    従業員が安心して新しい挑戦に取り組めるよう、適切な評価とキャリアの道筋を示すことが不可欠です。

    • 多面的な評価基準の導入: 新たに獲得したスキルや、異動先での貢献度を正当に評価できるような人事評価制度に見直しましょう。単に成果だけでなく、学習プロセスや新しい役割への適応努力も評価対象とすることが望ましいです。
    • 報酬・待遇への反映: 業務内容や責任範囲が拡大したにもかかわらず、それが報酬やキャリアパスに適切に反映されない場合、従業員のモチベーションは低下します。
    • 明確なキャリアパスの提示: 新しいスキルを習得した先、あるいは異動した先にどのようなキャリアの道が開けるのかを明確に提示することで、従業員は長期的な視点で自身の成長をイメージしやすくなります。

    5-4. コミュニケーションとエンゲージメントの強化

    従業員が主体的に静かな採用に参加し、貢献意欲を高めるためには、双方向のコミュニケーションが重要です。

    • 目的と期待の明確化: 従業員に対して、なぜこの役割を任せるのか、どのようなスキルアップを期待しているのか、それが組織のどのような目標に繋がるのかを具体的に、かつ丁寧に説明しましょう。一方的な「命令」ではなく、「期待」と「成長機会」として伝えることが重要です。
    • 定期的なフィードバックと傾聴: 新しい業務や学習の進捗について、定期的にフィードバックの機会を設け、従業員の努力を承認し、課題に対しては具体的なサポートを提供します。また、従業員の不安や意見に耳を傾け、必要に応じて計画を柔軟に見直す姿勢も大切です。
    • メンター制度の導入: 新しい役割に挑戦する従業員に対し、経験豊富な先輩社員がメンターとしてサポートする制度は、心理的な安心感を与え、スキル習得を加速させる上で非常に有効です。

    これらのステップを体系的に実行することで、「静かな採用」は単なる一時的なトレンドではなく、貴社の人材戦略の中核を担う強力な武器となるでしょう。

    静かな採用は企業成長のために有効な人材戦略

    静かな採用」は、外部からの人材獲得が困難さを増し、ビジネス環境の変化が加速する現代において、企業が競争力を維持・向上させるための、新たな、そして極めて有効な人材戦略です。単にコストを削減するだけでなく、既存の従業員の潜在能力を最大限に引き出し、成長を促すことで、企業と従業員の双方にとってWin-Winの関係を築くことができます。


    しかし、従業員がどのような業務に時間を費やし、どのようなスキルを持っているのかを客観的に把握する業務可視化は、静かな採用を成功させるための重要なステップです。


    MIETRAS仕事可視化では、従業員が利用しているアプリケーションやツールを可視化することで、業務内容を把握できます。

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